日増しに強くなる日差しの熱をさわやかに溶かすように5月の風が吹く。
少し前まで肌をさすようなそれだったが、今はその少し緩んだ冷たさが肌に心地よい。天気予報で知る温度より、涼しく感じるのは、ひとえにこの5月の風のせいだろう。道の途中で少し立ち止まって、その風を一身に受けたくなる。
「こんなところでとどまって、どうしたのですか」
風を感じたくて、歩くのをやめた自分に三歩先を歩いていた男が振り返って声をかけてくる。
なんでもないんだ、と微笑むけれど、自分はもう少しこのまま風に吹かれていたくて、その場を動かないでいた。
すると、男が首をかしげ、ゆっくりとした足取りで、自分のそばまで帰ってきた。
「なにか、いいものでも見つけましたか」
自分の行動を男は咎めなかった。ただ、不思議そうに自分の周りを見渡す。男は自分が夢中になる何かがどこかにあると思ったらしい。そうでなければ、こんな何もない道で、立ち止まるものなどいない。ここはそういう場所だ。
「風が」
「え」
「風が気持ちいいんだ。少し汗ばんだ肌を、冷たいタオルで拭くようなさわやかさがある。それを感じていたくて。…急に立ち止まって悪かった」
急ごうか。そう口にして、歩き出そうとすると、男に腕をつかまれて、動きが止まる。胡乱げな視線を男に向けると、男が優しく微笑んでいる。
「あなたの言うとおりですね。今日は風が気持ちいい。少しの間、ここで風を感じるのもいいかもしれない。少しゆっくりしていきましょう」
ただし道の真ん中だと交通の妨げになるので、道の端で。
男に手を引かれながら、道の脇で、それも風を感じられる場所に移動して、腰を下ろした。男は何も言わず、自分も何も言わない。
優しい沈黙が行き過ぎていく。
「このまま、この風に溶けることができたらな」
「え」
「こんな優しい風になれたら、オレはその優しさを抱えたまま、大事な人を包みに行くよ」
そんな気分なんだ。
目を閉じ、風を感じながら、風に溶けて、大事な人に会いに行く自分を想像する。妹、友達、仲間、それから――。
「おまえに」
「え」
目の前の男は自分の言葉に驚いてばかりで、そんな男の様子を久しぶりに見たから、なんだかとてもおかしくなって声を立てて笑ってしまった。
それからまた小さな沈黙が続いて。
風を十分堪能した後、おもむろに立ち上がると、男に向かって手を差し伸べる。
「いこうか」
男は強くオレの手を握り、そうですねと微笑した。
長い長い人生のうねりの中で、旅の途中の自分たちは、どんなに望んでも風に溶けることはないだろう。風に溶けて吹きぬけることはできない。ただ地道に一歩ずつ歩いて歩いて歩き続けて。そういう生き方をしてきた。たぶん、これからもそうなのだろう。
一人ではきっと歩けなかった。この男と二人だから歩ける。
この先の道がどんなに険しくとも。
どんな苦難が待っているにしても。
「いきましょう、高耶さん」
「そうだな、直江」
互いに微笑んで。
互いに手をとって。
二人で、この5月の風に包まれながら今日も歩いていく。
少し前まで肌をさすようなそれだったが、今はその少し緩んだ冷たさが肌に心地よい。天気予報で知る温度より、涼しく感じるのは、ひとえにこの5月の風のせいだろう。道の途中で少し立ち止まって、その風を一身に受けたくなる。
「こんなところでとどまって、どうしたのですか」
風を感じたくて、歩くのをやめた自分に三歩先を歩いていた男が振り返って声をかけてくる。
なんでもないんだ、と微笑むけれど、自分はもう少しこのまま風に吹かれていたくて、その場を動かないでいた。
すると、男が首をかしげ、ゆっくりとした足取りで、自分のそばまで帰ってきた。
「なにか、いいものでも見つけましたか」
自分の行動を男は咎めなかった。ただ、不思議そうに自分の周りを見渡す。男は自分が夢中になる何かがどこかにあると思ったらしい。そうでなければ、こんな何もない道で、立ち止まるものなどいない。ここはそういう場所だ。
「風が」
「え」
「風が気持ちいいんだ。少し汗ばんだ肌を、冷たいタオルで拭くようなさわやかさがある。それを感じていたくて。…急に立ち止まって悪かった」
急ごうか。そう口にして、歩き出そうとすると、男に腕をつかまれて、動きが止まる。胡乱げな視線を男に向けると、男が優しく微笑んでいる。
「あなたの言うとおりですね。今日は風が気持ちいい。少しの間、ここで風を感じるのもいいかもしれない。少しゆっくりしていきましょう」
ただし道の真ん中だと交通の妨げになるので、道の端で。
男に手を引かれながら、道の脇で、それも風を感じられる場所に移動して、腰を下ろした。男は何も言わず、自分も何も言わない。
優しい沈黙が行き過ぎていく。
「このまま、この風に溶けることができたらな」
「え」
「こんな優しい風になれたら、オレはその優しさを抱えたまま、大事な人を包みに行くよ」
そんな気分なんだ。
目を閉じ、風を感じながら、風に溶けて、大事な人に会いに行く自分を想像する。妹、友達、仲間、それから――。
「おまえに」
「え」
目の前の男は自分の言葉に驚いてばかりで、そんな男の様子を久しぶりに見たから、なんだかとてもおかしくなって声を立てて笑ってしまった。
それからまた小さな沈黙が続いて。
風を十分堪能した後、おもむろに立ち上がると、男に向かって手を差し伸べる。
「いこうか」
男は強くオレの手を握り、そうですねと微笑した。
長い長い人生のうねりの中で、旅の途中の自分たちは、どんなに望んでも風に溶けることはないだろう。風に溶けて吹きぬけることはできない。ただ地道に一歩ずつ歩いて歩いて歩き続けて。そういう生き方をしてきた。たぶん、これからもそうなのだろう。
一人ではきっと歩けなかった。この男と二人だから歩ける。
この先の道がどんなに険しくとも。
どんな苦難が待っているにしても。
「いきましょう、高耶さん」
「そうだな、直江」
互いに微笑んで。
互いに手をとって。
二人で、この5月の風に包まれながら今日も歩いていく。



